日本では弥生時代の遺跡から

発見されている一枚板でできた開き戸が、建具として発見されているもっとも古いものであろう。

古墳時代になると、内開きの開き戸をつけていた軸受を残している埴輪屋(はにわや)が美園遺跡から発見されているほかに、佐味田宝塚古墳出土の家屋文鏡に描かれた竪穴(たてあな)住居や、東大寺山古墳出土の剣の柄(つか)につけられた竪穴住居形の飾りに、突き上げる形式の建具がみられる。

飛鳥(あすか)時代・奈良時代には、住宅、寺院、神社いずれも開き戸が使われていた。

法隆寺金堂では、弥生時代同様に一枚板から軸を削り出した外開きの戸がみられ、この時代まで一枚板から削り出したものが広く使われていたと考えられる。

板戸は建具の一種で板で作られた戸、扉

主に木の板で作られるが、一部にガラスや布・紙などを用いるものもある。

現存する日本最古の木造建築は、斑鳩寺ともいわれ聖徳太子建立607年頃の、奈良の法隆寺である。

現存する法隆寺西院伽藍(金堂含む)は、一度火災で焼失した後、7世紀末頃に再建されたものであることが定説となっているが、法隆寺金堂の中の扉が、一応現存する最古の扉といえる。

しかし、昭和修理の時に火災で初層内部を焼損し、二枚を張り合わせて一枚の扉に復元されている。

当初の扉は、高さ3m幅約1m厚さ約10cmの、桧(ひのき)の節なしの一枚板であった。金堂よりおくれて奈良時代に建立された、金堂裳階の四面の扉は現存している。

やはり一枚板で、高さ2.7m幅1m厚さ約8.5cmの大きさで、下部に唄ばい金銅の飾り金具を打ち上部に連子窓を設けている。この連子窓の九本の連子は、一枚板から彫りだしたものであるという。